IMG_09064月中旬の午後4時ころ、酪農家のAさんから電話があった。「逆子のようで、なかなか生まれないので来てください」と言っても、私は牛の診療を辞めてもう4年位経つ。Aさんによると、いつも診てもらっている共済の診療所は遠いので、今から電話して来て貰うまで時間がかかるので、近所で動物病院をやっている私に電話してきたのです。

しかし、最近、牛を診てないからなあと思いながらも行くことにした。うちの動物看護士のKさんも応援に連れていく。酪農家に着いて外陰部から手を入れて子牛の状態を診ると、産道が狭く、子牛の頭に触ることが出来ない。今度は直腸から手を入れてみると、子宮が左側に捻じれているのが分かった、子宮捻転だ。

牛のお産真近の妊娠子宮は、ちょうどハンモックに人が寝ている状態と似ていて、起立したり寝たりとか、そういう姿勢の変化などでも回転し易いのです。さて、子宮捻転の整復ですが、用手法で反動をつけて子宮を回転させる方法もあるようですが、私は昔ながらの牛を回転させる方法で行いました。幸いに農家の人達が3人と看護師さんと私で5人の人が居ます。

ですが、この牛を回転させるというのが大変なんです、体重が600kg位ある牛を寝かせて回転させる訳ですから。先ず、牛の体にロープを巻き付けて、それを前と後ろから引っ張って倒し、前肢と後肢を縛って、仰向けの姿勢にしながらごろんと回転させます。しかも、ただ転がせばいいというものではなくて、捻じれてる方向に転がさないと、余計に子宮が捻じれてしまいます。

1回で捻転が治ればいいですが、この時は治らず、2回転がして、ようやく子牛の頭に触れるるようになりました。しかし、これからがまた大変でしたが、産道が狭くて、みんなで引っ張ってもなかなか出てきません。子牛もぜんぜん動かないし、母牛も頭を投げ出して苦しそうにしているし、最悪の場合、子牛も母牛もだめになるかもしれないという考えが頭をよぎりました。

そんな中、牛舎に滑車が有るというのが分かったので、それで引っ張ってみました。すると、まもなく子牛の頭が出てきて、その後は、ずるずると出てきました。6連滑車というのは力があるんですね。その時は、みんなが歓声をあげました。

私はすぐに子牛の状態を診ましたが、呼吸をしていませんでした。眼が死んだ魚の様になりつつある、これは危ない。急いで胸部を押して人工呼吸を始めました。幸いに心臓は動いている。それから、子牛を農家の人に逆さに吊り上げてもらい、口の中に入っている羊水を流れ出させた。その後も人工呼吸を続けたり、母牛に舐めさせたりして、ようやく自分で呼吸できるようになった。

あたりが薄暗くなってきた頃、母牛が急に自力で立ち上がった。まだよろよろして、ふらついてはいるが、なんとか牛舎に入っていった。すごいなあー。あれだけ、倒され、転がされ、子牛が難産で何遍も力んだのに。若いからかな。

翌日、農家に電話すると「先生、母牛も子牛も元気にしとるよ」うれしいですね。私達、獣医師の喜びは、動物が良くなって、飼い主さんや農家さんが喜んでくれることです。